2018年7月20日金曜日

アニッシュ・カプーアの個展を別府でする意味

 2018年10月6日から11月25日にかけて、別府公園、鉄輪の大谷公園、別府港などに、インド出身、イギリス在住の彫刻家アニッシュ・カプーアの作品が展示されます。国内最大規模の個展となる『アニッシュ・カプーア in BEPPU』が開催されます。
 アニッシュ・カプーアは現代アートの文脈において重要な作家で、Instagramなどでも作品をチェックできます。表面を鏡面仕上げにした作品で知られ、アメリカ、シカゴの「クラウド・ゲート」が代表作です。日本国内では、金沢や福岡で作品を見られます。
 今回の展示は『美術手帖』などで取り上げられ、一部のアート愛好家の中ではすでに話題になっているようです。ただ、その中で色々な方が言及しているのが、「なぜ別府なのか」ということです。カプーアの展示といえば、東京の表参道や、都市部で行われることが多く、どうして地方都市の別府で、というのが疑問でした。
 今回はそのことについて、取り上げたいと思います。

 まず、別府では個展形式の芸術祭『in BEPPU』を2016年から毎年開催しています。これまで2016年「目」、2017年「西野達」が開催されています。別府市役所や別府駅前を活用した意欲的な試みです。
 それまで別府では、2009年、2012年、2015年と『混浴温泉世界』と題する多数のアーティストが参加する芸術祭を開催していました。立命館アジア太平洋大学(APU)の学生らで設立されたアートNPO「BEPPU PROJECT」が中心になって、別府を「アートの町」にしよう、という壮大な試みのもと、始められたのです。 
 それまで、隣接する大分市や湯布院では、美術館や、芸術活動をする者たちが見られたものの、別府市ではあまりアートというものに目が向けられてこなかった。それにもかかわらず別府を舞台に現代アートを展開しようとする試みが始められたのです。

 「BEPPU PROJECT」が運営するギャラリーや、クリエイターたちの作品を置く雑貨店「SELECT BEPPU」が空洞化する駅前地区に作られました。けれども、ギャラリーは閉鎖され、雑貨店も慢性的な赤字に悩まされています。唯一、大分の地元の特産品を販売する「Oita Made」が大分銀行に経営を譲渡する形で生き残っています。「Oita Made」は大分市にも店舗を展開し、比較的上手くいっているようです。

 「BEPPU PROJECT」自体の運営も芳しくなく、中小企業の支援や、空き家バンクなど、アートとは別の事業に力を入れることによって事業を存続させています。
 参考までに、「BEPPU PROJECT」の貸借対照表をリンク付しておきますが、これを見るといかに厳しい状態であるかがおわかりになるでしょう。
https://www.onpo.jp/media/2970/doc-2017.pdf#page=12

 こうした中、『混浴温泉世界』の経験を活かし、多くのアーティストに予算を分配するのではなく、一人のアーティストに全予算を注ぎ込むことで良質な作品を鑑賞する機会を提供する『in BEPPU』が始まったのです。
 『in BEPPU』ともうひとつ『ベップ・アート・マンス』と呼ばれる芸術祭が同時開催されており、『in BEPPU』が別府市外の鑑賞者を対象にしているのに対し、『ベップ・アート・マンス』は別府市内の鑑賞者を対象にしています。そして、二つのイベントを同時並行して開催することで、別府市内外の鑑賞者が交わる仕組みにしようと試みているのです。
 けれども、ここで問題なのが、『ベップ・アート・マンス』ですら、別府市外の鑑賞者が多く、加えて、毎年鑑賞者の年齢層が高くなっている、つまり鑑賞者が固定化し、同じ方たちによる内輪の会になりつつある、ということです。
 そこで、今回のアニッシュ・カプーアの展示では、別府市内の小中学生を無料で招待するなどの試みを実施し、新たな鑑賞者の発掘を目指しています。
 アニッシュ・カプーアの作品は言うまでもなく素晴らしい。なので、多くの人に見に来てもらえるはずだ。ましてや屋外のモニュメントなので、鑑賞する機会も増えるはず。

 しかし、ここでまた問題が浮上します。
 別府市内の方たちの声を取り上げてみましょう。
「参加費1200円は高すぎる。一人で見るにはいいかもしれないが、家族や子供連れで見に行く気は起こらない」
「どうしてイギリスの作家の個展を別府でするのか。大分の地元の作家の展示にもっと力を入れるべきではないか」
「そもそもアニッシュ・カプーアて誰?」
「そんな展示を別府ですること自体を知らなかった」
 とこんな感じなのです。面白いのが、『in BEPPU』の主催団体である「BEPPU PROJECT」内にもカプーアの名前を聞いたことがない人が相当数いるということです。もっといえば、補助金などでバックアップしている別府市役所の会議にかけられたとき、カプーアの名前を知る人間は皆無だったということです。

 けれども、いいじゃないか、そうです、『in BEPPU』はもともと別府市外の鑑賞者を対象にしたイベントなのです。 別府市の人たちというより、東京や大阪といった地域から鑑賞者を呼び込むことが最大の目標なのです。
 そもそも別府は観光を主な収入源にしており、より多くの観光客が訪れることによって町が潤うことを忘れてはいけません。
 今年の『in BEPPU』は「国民文化祭」という大きな催しの中で成り立っています。これは毎年「県民文化祭」ということで、各県ごとに行われていた文化の祭典を、数年に一度、より大規模に開催しようとするイベントです。「国民文化祭」と銘打つかぎり、対象者は、日本の国民なのです。別府の人間の認知度なんて小さな問題に過ぎません。
 おそらく時期が近づいてくると、大分県内でもテレビCMなどを展開することでしょう。これはもはや啓蒙なのです。そもそも地方において「アートで町おこし」しようという試みが活発になっていますが、その思想の背景にあるのが、啓蒙なのです。文化に触れることにより、地域住民の意識に変化を及ぼすのが「地域アート」の試みなのです。

 アニッシュ・カプーアの作品は言うまでもなく素晴らしい。いままで芸術祭を積み重ねることによって、若者たちが別府に移住し、新しい飲食店や今までになかったような斬新な設計のもとに生まれた店が多く誕生しています。
 これまでの集大成として、『アニッシュ・カプーア in BEPPU』は開催されます。
 これを機会により多くの人たちを巻き込み、別府が「アートの町」として認識されるようになることを願っています。