ドイツの画家ゲルハルト・リヒターの半生をモデルにした映画です。2020年10月2日公開。
私はこの予告編の冒頭、裸でピアノを奏でる狂気の女性の虜になりました。
彼女はリヒターの母の妹マリアンネ。神経を病み、ナチス・ドイツによる優生学的な民族浄化政策の犠牲になりました。
不思議なめぐり合わせで、リヒターが東ドイツ時代に知り合った最初の妻の父が、この民族浄化政策を仕切っていたナチスの医者だったという。
その辺りに焦点をあてた映画です。
詳しくは以下の記事で。
ゲルハルト・リヒター《ベティ》―――仮象のジレンマ「清水 穣」
先日、別府ブルーバード劇場にて、やっと映画『アングスト/不安』を観ました。
ネット上の評価はあまりよろしくないようですが、私はその狂気に引き込まれました。
刑務所の中で妄想していた殺害計画を実行するため、大きな庭がある家に侵入、老いた母親と障害がある息子、そして娘を襲うがうまく行かず、凄惨な結果になってしまう。
支離滅裂で、行きあたりばったりな殺し方が、むしろ現実に近いのではないか。理性的に、秩序だって行われる殺人より、よほどリアルな印象を受けました。
その犯人の様子は滑稽でもあって。けれども、実際にあった事件をもとにしていて、笑えない、カフェの男性が持っている新聞の見出しが序盤は「戦争」で、終盤には「平和」になるように、ブラックユーモアの込められた作品でした。
また、監督が多大な金額を注ぎ込んだものの、自粛などで上映できず、破産の危機に瀕したというエピソードもまた、狂気じみていてよいです。
パンフレットでは、同じくシリアルキラーを扱った映画として『ヘンリー』と『ハウス・ジャック・ビルト』が取り上げられていました。三作品とも鑑賞しましたが、『アングスト/不安』のわからなさが、不穏な雰囲気を醸し出していて素晴らしい。作り込まれた映画だけれども、作られていない、素の感じがしました。
こうした狂気はなぜ人を惹きつけるのだろう。少なくとも、私は引き込まれます。
原爆投下の日から終戦記念日にかけて、第二次世界大戦を扱った作品が多いけれども、その狂気をもっと表に出してほしい。
覚醒剤を使いながら戦った兵士たち。本当に効き目があったのかわからない、汚れた水を綺麗にする「浄水液」や、パイロットが着陸後に飲むとすぐ元気になったといわれる「航空元気酒」。原爆投下後の広島では、爆心地の土を使って「原爆焼」がつくられ、原爆の熱線により黒く溶けた瓦が「原爆瓦」として売りに出されていた。
こうした狂気こそ、戦争の醍醐味であり、いかに当時の人たちが狂っていたかを知る良い機会になると思います。
最近は、憂鬱です。世の中が狂ってきているのが、目に見えて分かる。憎悪と分断。市民のあいだにある暴力は、やがて国家間の戦争へとエスカレートしていくでしょう。
世界が狂ったとき、「狂っていない」とはどういうことなのか。
今から検討を始める必要があります。